漢方の目で見る
子どもの体と健康
一番身近いいるお母さんなどの存在は、子どもに大きな影響を与えます。子どもの病気の原因がお母さんとの関係にあることも少なくありません。そのため、漢方療法では、診察時には子どもだけでなく、お母さんの様子も観察します。
子どもに質問しているのにお母さんが先取りして返事をする、子どもがいちいちお母さんの顔色を見ながら返事をする、というような場合、お母さんの干渉が強すぎて子どもにストレスを与えていると考えられます。特にお母さんが精神的に不安定である場合は、子どもだけでなくお母さんにも気持ちを静める漢方薬を処方するようにします。
これを「母子同服」といいます。
子どもの心身症に使う「抑肝散」という漢方薬は、昔から母子同服が望ましいと指示があります。心理学も発達していない時代に、漢方治療では母子関係の重要さに着目していたのです。
人間の一生を一日に例えると、子どもは日の出からお昼までの昇る太陽の勢いがあります。頂点に達しようと、どんどん成長しているのです。このような子どもは、「陽」の気を持っています。東洋医学では、体質や体の状態を「証」という独特の分類法で表現します。
「陽証」は、その分類のひとつで、熱産生エネルギーが強く元気な状態を示します。これに対して元気のない状態は「虚証」という分類もします。
子どもはもともと体温が高いうえに、熱が上がりやすく、高温になることが多いのですが、これも基本の体質が「陽」であるからです。ふつう、高熱になると悪寒がするものですが、子どもの悪寒は長続きせず、すぐに手足が熱くなり、布団をはねのけます。「陽」が高じて熱がっているのです。このようなときには、厚着をさせるより、氷枕などで冷やすようにします。
もちろん、すべての子どもが「陽証」「実証」であるわけではありません。ふだんからおとなしくじっとしていて、食が細いような子どもは、「陰証」「虚証」です。このような子どもは、体質が虚弱で、冷え性、神経質などの傾向が強く、そのために心因性の様々な症状が出やすいのです。
漢方薬には、からだを温める薬と冷やす薬があります。
「温剤」と「寒剤」です。からだが冷えて元気がないときには温剤を、高熱が出て熱がっていたり、気が上がって落ち着きがなくなっているような場合には寒剤の使用を考えます。冷えていれば温め、熱があれば冷やすというのが漢方医療の基本原則なのです。
子どもの場合、「附子」や「乾姜」という成分を含む漢方薬の使用はあまり適していません。これらの成分は、代謝を活発にしてからだを温める作用が強いため、基本的に「陽証」である子どもに使うと、作用が過剰になりすぎて動悸、発汗、頭痛、のぼせなどの副作用が出やすいからです。
東洋医学では、からだの異常を「気・血・水」の乱れとしてとらえます。気は生まれながらのパワーを指すこともありますが、一般的には精神的なものや神経、ホルモン系に関連した機能、地は血行、水は血液以外の体液全般の機能だと考えればわかりやすいでしょう。
「気」の異常としては、落ち着きのない子や心身症にみられる気滞や、ストレスの為に精神的なエネルギーが低下した気うつ、虚弱児にみられる気虚があります。
「水」の異常も子どもには多く、喘息やおう吐、下痢などには水毒(水滞ともいいますが)が関係していると考えます。水毒とは、体内の水分の流れが滞ってしまい、尿などが過敏になったり、のどが異様に渇きやすかったりする症状です。
一方、思春期前の子どもの場合は、「血」の異常はあまり見られません。
「寒、熱」、「地、実」「気・血・水」といった東洋医学的な視点で、主な子の病気を分類すると、表2のような見方ができます。 漢方治療は、このような病態の「証」や「気・血・水」の異常に合わせて、漢方薬を処方していく治療法なのです。
寒:冷えによる疼痛、原因不明の関節痛、腹痛、低体温
熱:微熱、寝汗、鼻出血
虚:食欲不振、胃腸障害、疲れやすい
実:食欲旺盛、便秘
気:起立性調節障害(気虚)、心身症(気滞)
血:思春期の不定愁訴、月経痛
水:無気力、思考低下、疲れやすい、めまい、頭痛、下痢
子どもに対する漢方薬でよく使われる処方には、表3のようなものがあります。 ただし、漢方治療はあくまでも一人ひとりの病態に合わせて決めていくオーダーメードの治療法ですから、ここに示したのはあくまでも漢方薬の使い方の一例です。
・飲ませ方
甘いものに慣れた子どもに、苦い漢方薬を飲ませるのは一苦労です。特に自我が出始める1~4歳の子どもには手こずります。
漢方薬を飲ませる工夫として、エキス剤を熱いお湯に溶かしてから冷まして飲んだり、苦みが強い場合は砂糖を加えたり、夏はシャーベットに、冬はゼリー状にする、顆粒をオブラートに包む、などの方法があります。乳児の場合は、直接クチの中につけてからお乳を含ませるという方法もとります。 いずれにしても、最終的には、母親に「なんとか飲んでくれ」という熱意があれば、子どもにもその思いが伝わり、飲むようになります。 母親の影響は、いい方向に使われれば、いい結果を生むのです。
・処方量と服用回数
子どもは薬に対して強く、副作用も出にくいので、急性期には少し多めの量を服用することも出来ます。熱のある病気には、通常の小児に使う量の2~3倍の量を使うこともあります。 一度にそれだけの量が飲めないときは、服用回数を4、5回に増やすなどして調節します。
慢性疾患の場合は、体重1kgに対してエキス剤0.1~0.2gをめやすにします。
また、1歳で大人の常用の1/5、3歳は1/3、6歳は1/2、小学生は2/3と、年齢を基準に考えるのも、わかりやすくて便利です。(表4)
小児科で使われる漢方薬と、使用目的の例
使用目的 | 漢方薬 | 対象となる病態 |
温剤として | 麻黄湯、人参湯 | 悪寒を伴う高熱、手足の冷え、胃腸障害 |
寒剤として | 麻否甘石湯、小柴胡湯、紫胡清肝湯 | 喘鳴、原因不明の微熱、感染症状、アレルギー疾患 |
気の異常が関連する病態に | 抑肝散、柴胡桂枝湯、小建中湯、捕中益気湯 | 神経の高ぶり、夜泣き、緊張の為の頭痛や腹痛、虚弱な為の腹痛、頭痛、食欲不振、虚弱体質 |
水毒に | 五苓散、小青竜湯 | おう吐、下痢、鼻水、痰の多い咳、喘鳴 |
子どもは薬に強く、副作用が出にくいとかきましたが、使い方を間違えれば、漢方薬でも副作用が出ることがあります。 これまでにも書いたように、熱がっているのに温剤を使ったりすると、副作用が出る危険性もあります。 「安全で簡単そうだから試してみよう」というだけの理由で、自己判断で安易に漢方薬を使うことは避けるべきです。 正しい知識を持った医師の指示をうけて、適切な治療方針を立てて下さい。
しかし、子どもがどんな状況にいるか、それを最も敏感に感じ取れるのは、一番身近にいるお母さんであり、お父さんです。 気がついたことがあれば積極的に医師に相談することも大切です。
医師と肉親の二人三脚で子どもの健康は守られるのです。
漢方薬の投与量の目安
急性疾患(発熱疾患など) | 必要に応じて常用量の2~3倍を使うこともある 1日4~5解(頻回でも可) ※一度に大量服用できない場合 |
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慢性疾患 | ・年齢を指標にした場合
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・体重換算した場合 体重1kgに対してエキス剤0.1~0.2g |